読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

airitasaki

絵、観た映画、読んだ本

オデッセイ/火星の人

最近観た映画

 

 

   f:id:bigbang00:20170416215300j:plain

・「オデッセイ」/監督:リドリー・スコット "THE MARTIAN" (2016)

 

なんとも明るい気持ちになれる映画でした。

前向きでタフな主人公、研究チームひとりひとりのキャラクター、使われている音楽などなど。

NASAのミッションコントロールセンター(?)のような、

正面に大きいモニターと、たくさんのデスクそれぞれに個別のモニターがある景色がけっこう好きです。SFといえばほとんどがそうかもしれませんが。

きっと専門家でしかわからないであろう、だいたい黒系の背景に水色か黄緑の線で描かれた図や、暗号みたいな数値や、細かいグラフの組み合わせを一瞬で理解、したいです私も。さらには仲間と共に寝ず食わずの状況下、任務成功した暁にはガッツポーズをして書類をぶちまけたいです。

 

 ところで、何かしら一つの目的の為に誰かと何かを頑張って、苦労や悲しみを経て喜びを分かち合うこと-気持ちを共有(シェア)することについて最近考えてました。

クライマックスで、"これまで蓄積された長い長い時間の先、世界中が息を呑み見守るなか、「ワアッ〜!!」となる瞬間"映画としてのジャンル もしくはSFならば、"最後にNASAっぽい所で書類ぶちまけ"映画特集なんてのがもしあったら是非観たいところです。

 

映画における共感って何なんだろう。物語や役者の感情や、映像言語によって、誰しもが共感できる部分を作り出すってのは当たり前の事なのかもしれないし、わざわざ言葉にする意味ないのかもしれないですが

少なくとも、映画の中で皆で何か一つの事を頑張ることに「いいな〜」という憧れがあって、おいらも仲間とガッツポーズしてえ、わしもその喜び共有してえヨ〜、という欲求が多くの人にあって、理由の一つな気がします。

 

まさに見知らぬ誰かと「共有」する事そのものをテーマにしているのはNetflix「センス8」シリーズだと思うんですが、SNSでシェアするみたいに体験を分かち合って敵と戦う(?)みたいな話。この時代にシェアボタンがない限り、あのシリーズは無いんじゃないかとも思います。

 

オデッセイでも、何となく見過ごした1シーンで

都会の巨大スクリーンに集まった大勢の人が、主人公の生還を見守るところで、そこではアナログ的な手作りのプラカードとか旗みたいな物を持って応援するんで無く、メッセージが書かれたスマートフォンを片手に掲げていました。

きっとそれもSNSか何かで拡散され、それぞれがダウンロードか何かした「応援メッセージ」画面の表示ではなかろうかね。

しかもそれに対しては、そこまで「ウオ〜、さすがリドリー・スコットさんよ、ザ・未来的だぜい!」と思うシーンって程じゃないし、「なんか液晶画面みんな持ってるね」ぐらいの自然な、決して異様な光景ではない場面だった気がします。

 

うまく言う方法がまだよくわからないのですが、

いつ・どこでもシェアボタンが押せる事や、見知らぬ誰かの感情に架空上で(実際に会って話を聴くとかで無く)共有できる事によって、「共感」することそのものの価値観の変わりようが映画からも見出せたら、これからもっとおもしろ、かったりして、と ぼんやり思っただけです。

 

 

       f:id:bigbang00:20170416215021j:plain

・原作小説「火星の人」  /著:アンディ・ウィアー

 

 映画を観たいきおいでそのまま読んでしまいました。

主人公が映画よりもひょうきんそうなキャラクターで、地球との通信手段や、植物を栽培するための環境確保の方法などがより詳しく描かれていました。

 

どう翻訳したのかわかりませんが、「ジャガイモ」がいつの間にか「ジャガたち」と呼ばれていたり、

「〜である。」「〜だ。」という語尾がタイミングの良いところで「はい、〜なんです。」という文章で、専門的用語がたくさんあるけれども愛嬌があり読みやすかったです。

赤瀬川原平さんの本もそういう口調で、どこか、人に見せるのを楽しみにひとりで「ウシシ」とでも言いながら書いていそうなテンションの文章は好きです。

  

数日後、おジャガを蒸して食べたのでした。